大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和37年(わ)397号 判決

被告人 鶴岡毅

昭一三・二・二三生 水道配管工

主文

被告人を懲役拾年に処する。

未決勾留日数中百八拾日を右の刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三六年三月頃から黒崎智美(昭和一七年一一月一六日生)と内縁関係を結び、昭和三七年五月頃から千葉県千葉市矢作町一五六番地三須直二方貸家の一室に居住し、同女と同棲していたものであるが、

第一  昭和三七年七月一二日頃の夕刻右被告人方居室において、同女と食卓をはさんで食事中食事の惣菜のことから同女と口論の上、腹立ちまぎれに右食卓を同女めがけて押し当て、同食卓上に置いてあつたきうすを転がしてこれに入つていた茶湯を同女の両大腿部に浴せ、因て同女の右大腿部内側に加療約一〇日間を要する第二度火傷の傷害を負わせ、

第二  同年八月二六日午後七時頃右被告人方居室において、被告人が同女に無断で勤務先から二、〇〇〇円を前借りしたことを同女に詰られたことから同女と口論としたが、その後同日午後一〇時過頃から再び同女と口論の末、殺意を以て同女の頸を絞め、因て同女を窒息死させて殺害し、

第三  右第二記載の犯行直後、犯跡隠蔽のため同女の死体を右被告人方居室の床下に押込んで隠匿し、もつて死体を遺棄したものである。

(証拠の標目)

判示冒頭の事実につき

一、被告人の検察官に対する昭和三七年九月二六日付供述調書

一、証人三須匡子の当公判廷における供述

判示第一の事実につき

一、被告人の検察官に対する昭和三七年一〇月三日付供述調書

一、証人石井勇及び同小川広作の当公判廷における各供述

一、石井勇(抄本)及び平山利弘の検察官に対する各供述調書

一、医師平山利弘作成の上申書及び診療録謄本

判示第二及及び第三の各事実につき

1一、司法警察員作成の昭和三七年九月二日付検証調書二通

によれば、昭和三七年九月一日千葉市矢作町一五六番地被告人鶴岡毅方居室床下より女性死体一個が発見された事実が認められ、

2一、被告人の検察官に対する昭和三七年一〇月三日付供述調書

一、証人松崎[彳未]雄及び同杉山恵子の当公判廷における各供述

一、鑑定人宮内義之介作成の昭和三七年一〇月五日付鑑定書

一、医師間島春雄作成の上申書

一、司法警察員作成の殺人並に死体遺棄被疑事件の現場指紋採取についてと題する書面

一、千葉県警察本部刑事部鑑識課長作成の現場指紋対照結果についてと題する書面

一、司法警察員作成の殺人並に死体遺棄の被疑事件現場写真と被害者の着衣写真の作成についてと題する報告書、同添付の写真六枚

一、押収してある花模様ギヤザースカート一枚(昭和三八年押第一六号の二)

を総合すると、右死体は被告人の内妻黒崎智美(昭和一七年一一月一六日生)の死体である事実が認められ、

3一、鑑定人宮内義之介作成の昭和三七年一〇月五日付鑑定書によると、右死体の死亡推定日時は解剖時たる昭和三七年九月二日より起算し約一週間前頃であり、且つその死因は絞頸又は扼頸による窒息死であつて、前記の如く死体が床下より発見された事実と総合すると他殺であると認められ、

4一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の検察官に対する昭和三七年九月二一日付供述調書

一、証人松崎[彳未]雄、同松崎均子、同梶野ゆき及び同山本登志子の当公判廷における各供述

一、押収してある金銭出納簿(前同押号の一六)中の昭和三七年七月二六日分の記載の存在

を総合すると、右智美は昭和三七年八月二六日午後一〇時頃は前記被告人方に被告人と共に生存していた事実が認められ、

5一、証人鶴岡克好、同小川きみ子、同相原みよ子、同宮原和子、同松崎[彳未]雄、同加瀬道明、同杉山恵子、同平井重勝、同小川広作、同梶野ゆき、同松崎均子、同三須直二、同三須匡子、同伊藤久子及び同三橋進一の当公判廷における各供述

一、竜崎隆の司法警察員に対する供述調書

を総合すると、被告人を除き、被告人方居室の近隣居住の者及び被告人方居室訪問者は、前記八月二六日午後一二時頃以降右智美の姿を認めていないし、その生存を推測せしめるような事情も存在しなかつた事実が認められ、

6一、証人中村誠、同平井重勝、同小川広作、同梶野ゆき、同三橋進一、同江波戸末太郎及び同小熊薫の当公判廷における各供述

一、猪野敏子の検察官に対する供述調書(第五項及び第六項を除く)

一、司法警察員安藤正義外一名作成の川鉄工員の出勤退社状況の捜査についてと題する書面(小川広作の昭和三七年八月二六日の退社時刻は二三時一八分であることについて)

を総合すると、前記八月二六日午後一〇時過頃から同日午後一二時頃までの間に右被告人方居室において、被告人と右智美が口争いをし、同女の悲鳴が二、三回動き廻りながら叫ばれているように聞こえ、或いはドスンドスンという物を落すような音も聞こえ、その間被告人方居室においてテレビの音が異常に高くなり、ハンマーで釘を打つような物音もした事実が認められ、

7一、証人梶野ゆき、同猪野重治、同伊藤久子及び同三須匡子の当公判廷における各供述

一、猪野敏子の検察官に対する供述調書(第五項及び第六項を除く)

一、佐藤勝舵作或の上申書(猪野重治が昭和三七年八月二七日午前一〇時前頃出社したことについて)

を総合すると、被告人が、そのようなことはそれまでなかつたのに、その翌日たる八月二七日朝七時過頃被告人方居室や南側の縁側を掃いたり雑布がけしたりした上、隣人から外箒を借りて縁先を掃除し、ごみの捨て場まで尋ねたことのある事実及び同日朝被告人が洗い桶に食器類を入れて共同井戸に向つて歩いていた事実が認められ、

8一、被告人の検察官に対する昭和三七年九月二二日付供述調書(全二〇枚の分)

一、証人本庄芳松、同山本和昭、同小川きみ子、同三須匡子、同細田ちかの、同細田文美、同松崎[彳未]雄、同松崎均子、同加瀬道明、同石井勇、同熊倉重夫及び同鶴岡仙太郎の当公判廷における各供述

一、山本和昭の検察官に対する供述調書

一、鶴岡京子の司法警察員に対する供述調書

一、黒崎駿吉の司法警察員に対する昭和三七年九月二日付供述調書(全七枚の分)

一、当裁判所の検証調書

一、司法警察員作成の昭和三七年九月二一日付実況見分調書を総合すると、被告人は、前記八月二七日以後積極的に右智美の所在捜索をしていないのみならず、同女の死体発見一、二日前第三者に対し同女が床下で死んでいるかも知れないとほのめかし、しかも右死体発見の端緒は、当時死体が容易に見えない状況の下にありながら被告人自らの暗示によつたものである上に、その前後同女の実母等の面前において被告人が異常なる様相を示した事実が認められ、

9一、被告人の検察官に対する昭和三七年九月二一日付供述調書(全二六枚の分)

一、証人松崎均子、同加瀬道明、同梶野ゆき、同宮原和子、同伊藤久子、同山本和昭、同保坂盛、同石井勇及び同石渡里子の当公判廷における各供述

一、谷野隆治、石井勇(抄本)及び保坂盛(抄本)の検察官に対する各供述調書

一、黒崎駿吉(二通)及び黒崎貴美江の司法警察員に対する各供述調書

一、押収してある大学ノート(予算メモ)(前同押号の一五)

一、検察事務官作成の前科調書

一、被告人に対する略式命令謄本

一、判示第一認定の傷害事実

を総合すると、被告人は、当時既に姙娠五ヶ月になつていた右智美との間に子供を堕すとか堕さぬとかの問題で時々喧嘩したこともあるという事実、前記八月二六日午後七時頃の夜食の時も被告人が同女に無断で勤先から金二、〇〇〇円給料の前借りをしたことにつき同女に詰問されて同女と口論となり、同女が予算表などを作つて家計上のやりくりを訴えていた事実、被告人の性格は短気で粗暴であり、右智美も気の強い方の女であつたため、日常夫婦喧嘩の起ることも珍らしくなく、被告人が同女に対して暴力沙汰に及んだことも少くなかつた事実が認められるので、前記の八月二六日夜半の喧嘩は右夕食時の口論が再燃して行なわれたものと推測される事実

10一、証人土屋英夫の当公判廷における供述

一、三須直二(昭和三八年四月九日付)、佐藤昭三、佐藤千代子及び田中政幸(昭和三七年九月一四日付)の司法警察員に対する各供述調書

一、司法警察員作成の殺人事件に関し死体処理に要する時間測定についてと題する書面

一、当裁判所の検証調書

一、司法警察員作成の昭和三七年九月二日付検証調書(全二二枚の分)

を総合すると、右死体の遺棄してあつた被告人方居室の床下の状況は、先ず居室一面に敷いた薄べりをまくり、その下の畳を上げ、床板をはがし、或はこれを鋸で切断してこれを取外し、根太と根太との間から床下に死体を放置し、その上に右床板を載せ、或は床板を切断箇所の根太に新たに釘で打ちつけてこれを隠蔽し、畳などを復元したものであり、右行為には約三〇分乃至四〇分を要し、且つ或る程度の音響の発生と塵埃の散乱を免れ得ない事実が認められ、

11一、被告人の検察官に対する昭和三七年九月二一日付(全二六枚の分)、同年同月二二日付(二通)及び同年同月二六日付各供述調書

一、証人梶野ゆき、同三須匡子、同小川きみ子、同相原みよ子、同伊藤久子、同猪野重治及び同室井重雄の当公判廷における各供述

一、長島はなの司法警察員に対する供述調書

一、当裁判所の検証調書

一、司法警察員作成の検証調書二通

一、検察官作成の実況見分調書

一、司法警察員作成の昭和三七年九月三日付実況見分調書

を総合すると、被告人方居室は、その周囲の状況から、日頃同人方を訪問する者は殆んど近隣者の目にふれ易いのみならず、本件の如き異変の発生についても周辺の人々に覚知され易いような状態にあつた事実が認められ

12一、被告人の検察官に対する昭和三七年九月二二日付供述調書二通

一、証人鶴岡克好、同小川きみ子、同相原みよ子、同宮原和子、同松崎[彳未]雄、同松崎勾子及び同加瀬道明の当公判廷における各供述

を総合すると、右智美の姿が見えなくなつた当時、被告人方居室は整頓されていて、盗難の被害などなく、前記八月二七日午後二時頃被告人の実弟鶴岡克好が被告人の不在中来訪した外他に外部者の侵入を疑わしめるような痕跡は何一つとして存在しなかつた事実が認められ

13一、被告人の検察官に対する昭和三七年一〇月一一日供述調書

によれば、被告人の交友関係者の中には右智美殺害の犯人と覚しき者は考えられない事実が認められ

右各認定の1乃至13の事実を総合すると、判示第二の殺人並に第三の死体遺棄の各事実を認めることができる。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法第二〇四条罰金等臨時措置法第三条に、同判示第二の所為は刑法第一九九条に、同判示第三の所為は同法第一九〇条に各該当するところ、判示第一の傷害罪については所定刑中懲役刑を、判示第二の殺人罪については所定刑中有期懲役刑を各選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条に則り最も重い判示第二の殺人罪の刑に同法第一四条の制限内で法定の加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役一〇年に処し、同法第二一条により未決勾留日数中一八〇日を右の刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石井謹吾 環直弥 杉山修)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例